<別人のように(2)>

今考えると、梅澤さんが忙しそうになった頃、僕は社長を卓球で追い上げていた。社長はその頃シックスティの東京都代表をしていた。僕は一般で優勝することしか頭になかったので、シックスティの東京都代表になることには関心がなかった。しかし、社長は東京都の代表を僕に奪われるのを恐れていたのだ。実際、僕に追い上げられるようになると、社長も必死に頑張って全日本で4位になった。息子さんが『父がベストフォーに入ったのも、梅澤が強くなったのも、渡辺さんのお陰です』と言ったことがある。

その頃、社長は梅澤さんに『試合は試合をする前から始まっている。渡辺さんを試合に出して経験を積ませたり、強くなりそうな情報を与えたりしてはいけない』と言ったに違いない。梅澤さんも1セット取られてしまったことを突かれて社長の言う通りだと得心したに違いない。

しかし、梅澤さんは正直者で、嘘は言わないし、知ったかぶりもしないし、間違いを指摘されたときは、即間違いを認める珍しいタイプだ。僕に卓球の技術的なことを聞かれれば、話さないでおくということができないと思ったのだろう。そして、僕とは必要最小限の話だけする決意をしたのだ。

梅澤さんが嘘を全く言わないかというと、尊敬する社長の影響で嘘をつくことがある。商人系は、商売上の信用を大事にするが、商売に関わらないところでは平然と嘘をつく。一番多いのは、金がないふりをする嘘だが、社長は自分が頭が悪いやつだと思わせるようなふりをする。商人は頭がよくて抜け目がないやつと取引をしたがらない。だから、社長はいつもポイントがわずかにずれたような話をする。初めて話した人は、頭が少し弱いのかもと思ってしまう。梅澤さんは、丸善スポーツに就職して初めて社長がとてつもなく頭がいいことに気がついたに違いない。梅澤さんは尊敬する社長の真似をしようとして、悪意のない嘘をつく。例えば、「この前話した詰碁のソフトを買った?」と聞いたとき、『買ってません。ルールも覚えていないくらいだから』と言った。しかし、梅澤さんは『詰碁は難しい』 と言ったことがある。初段くらいにならないと詰碁をやろうとはしない。社長は、こういうばれるような嘘は言わないし、金もうけにつながらないような嘘は言わない。梅澤さんはこの点が理解できていないのに社長の真似をしてバレルような嘘をつくのだ。しかし、悪気がある嘘はつかない。社長の影響がなければ、梅澤さんは根っからの正直者だと推定している。

社長にしても悪気があったわけではない。社長は商人系なので、金銭的な損をしたくなかったのだろう。東京都の代表であることが商売にプラスになっていたということだけのことなのだ。商人系は、コスパに問題がない限り、100円余分に儲けるために何でもする。商人系は知略を尽くして、常に他の商人系と戦っている究極のゲーマーなのだ。

2022/9/8